みなさんこんにちは。
初めまして!
や〜す〜と申します!
記念すべき初投稿内容はタイトルにもある通り
プロフィール【や〜す〜とは】という記事内容。
……
誰に需要あるんだい笑
ツッコミを入れたい気持ちはありつつもこのブログを立ち上げる上で
「私がどんな人なのか」
「何者なのか」
ということを素直にお伝えする義務があると思い、この記事でのんびりつらつらと書き綴っていきたいと思います!
私の謎の義務感にしばしお付き合い頂けたら幸いです!笑
この記事ではわたくしや〜す〜がどのような人物なのか素直に語ってみたいと思います!
気長にコーヒーでも飲みながら見てください笑
や〜す〜のプロフィール

ハイサイ!私の名前はや〜す〜。沖縄生まれ沖縄育ちの34歳。普通の社会人。普段は医療職やってます!
趣味はこれといってなく、ただただボケ〜っとすることが好きな自然大好きうちな〜んちゅ(沖縄人)。
のんびり大好き人間。
後述しますが2023年四国県へ移住。そこからカメラを趣味にして日々楽しく暮らしております!
私の20代。かわいいが理由でミラーレスカメラを衝動買い…【暗黒時代編】
以後語り口調になりマス。
とりあえず私のカメラを始めたきっかけを話そうと思う。
そう、それはさかのぼること私が26、27歳ぐらいの頃のお話。8年前ぐらいのお話。
ちょうど巷でミラーレスカメラのブームの波が押し寄せてきて
おしゃれな女子さんがカメラを持って街中を颯爽と歩く姿…
イケメン男子さんがカメラを持って街中を華麗に歩く姿…
本屋なんかに行くと「カメラ女子」とかいう魅力的なパワーワードがあちらこちらに…みんなとにかくオシャレ。
当時特に趣味がなくただ毎日を適当に過ごしていた私にある気持ちが芽生えた。
ミーハーなや〜す〜はこう思ったわけですよ。(ミ〜ハ〜って今死語かな?)
「カ、カメラってなんかオシャレじゃん?」「オシャレよね?」
カメラ=オシャレ。
街中でカメラを持っている人がキラキラと私の目に映る。私もキラキラしたい。
そこからの行動は早かった。仕事でもそれぐらいの鬼レスポンス見せろよと思うぐらい。笑
すぐさま雑誌で調べオシャレで一目惚れしたカメラをアマゾンでポチり。

オリンパスのOMD-EM10Mark2を購入。懐かしい。
なんといってもこのフォルム。見てよ。見てさ。
「可愛い。かわゆす。」
そう。
当時の私はそれだけの理由でこのカメラをポチったのだ。カメラの性能なんて全く知らない。そんなものはどーでも良かった。
(実際使用してみて私には十分すぎる性能のカメラだった)
休日にはどこ行くにもこの相棒を持ってお出かけしては無心にパシャパシャ。
楽しかった。ただただ。無心に撮ってた。
今当時を思い返してもあの時のワクワクは自分の中では何にも変え難いものとして記憶に鮮明に残ってる。
オートモード。これでいいじゃん。
カメラは手にした。
しかしカメラの知識はというとゼロ。全くの。とりあえずシャッターを押すことだけはできる。
とりあえず撮ることが楽しくて友人やら彼女やら街角スナップやらをパシャパシャ撮っては、
「おお〜なんかいい感じに撮れてる!」
と自画自賛。スマホより圧倒的に綺麗に映る写真。何よりこのカメラが可愛くて持ち歩いてることにすごく満足していた私。
(むしろカメラを持ち歩くことに一種のステータス的なものを持っていたのかも知れない)

旅行には必須アイテム。

部屋で無心になって撮ったり(なんでも撮りたい病)
まあそこそこに楽しめていたと思う。
問題はここからですよ。奥さん。
撮影技術的な面。テクニカルスキル。
そう。
これがのちに私がカメラから離れる原因となるのである。
当時カメラの液晶モニター部分に映る写真が全てだと思っていた私。
撮った写真が画像として液晶モニターに綺麗に映るか映らないか。それだけを考えていた私。
液晶モニターに綺麗に映るオートモードが一番最強だと思っていた。(オートで撮るとモニター上に綺麗に映るよね)
ダイヤルを回してオートモード以外で撮った写真はモニター越しに綺麗に映らない。本当に映らない。
なぜだ。
白飛び黒潰れなんて当たり前。写真ブレブレ。
めんどくさがり頭単純ヤロウの私はこう思ったわけです。
「オ、オートモードでいいじゃん」
他力本願根性バンザイ。
そこからはオートモード街道一直線に突き進むことになるのであった。
オートモード最強説の崩落
これは今でも鮮明に覚えている。
それは友人と深夜に好きな食材を買ってしっとり音楽でも聴きながらBBQをしていた時のこと。(田舎のいいところ)
その日は快晴で夜空に星が輝いていて。
星が撮りたい!いつもの相棒で撮ろう!となるわけで。
「星空撮影には違うモードで撮った方が綺麗に映る」という浅はかな知識だけは身みつけていた私はカメラをカバンから出しダイヤルをかちゃかちゃ回し撮影を始める。
いざ星空撮影。
「ん?映らない。」
「しょーがない、いつものオートでいくかあ〜」
そうオートモードはなんたって最強だから。
……
「あれ、撮れない。」
「なんで?」
「オートモードなんだけど!?」
言うことの効かないオートモードに半ばイライラしながら必死にパシャパシャ撮る。
最強武器 AUTO MODE。
私の中の最強が崩れ去った瞬間だった。
三脚なし、焦点距離ガン無視のキットレンズを用いて物凄く真剣に撮影していた私。(そりゃ無理だ笑)
最強の武器を失った私はどうしていいかわからず、その後も必死に無い知識を振り絞り写真を撮り続けるも撃沈。
「なんだよ〜このカメラではこれが限界なのか〜」
とカメラとレンズのせいにするという鬼畜っぷり。
この出来事が引き金となりそれから外出する際に持ち歩く機会がめっきり減っていき、気づけば簡易防湿庫なる箱に葬り去られることとなった。
そこからカメラを触る機会は全くといっていいほどなくなった。
(最近まで大切に保管していたがメルカリ行きとなった。購入してくれた方ありがとう。)
私の30代。四国へ移住するということ。【人生ビックイベント編】
オートモード最強神話崩壊から時は過ぎ30代。
少しカメラライフから離脱した期間のことを話そうと思う。
カメラから3年ほど離れカメラの存在を忘れかけていた時期。
ちょうどコロナが流行り始め世間が自粛を余儀なくされて。
社会全体が不安と絶望に直面している最中。
私も医療人として日々疲弊する毎日。休日やら夏休みも返上してコロナ対応に明け暮れる日々。沖縄のコロナの爆発的な増加はもう誰にも止められない。
当時遠距離恋愛中だった私はなかなか彼女に会うことができず、毎日朝から晩まで仕事して帰って寝るだけの生活。
(ひどい時は残業100時間近くあった)
そんな生活が3年過ぎた。
「このままじゃやばい。」
能天気ヤロウにもやっと危機感が芽生え始めた。
やれることはただ一つ。
遠距離を終わらせればいい。
Oh…シンプル。
シンプルが故に色々な弊害も出てくる。
だがそこは能天気な私。
ウチナーんちゅ特有の「なんくるないさあ〜精神」をここぞと言わんばかりに発動。
とらえず仕事を退職し次の仕事も決まらないまま四国へ旅立つのであった。

グッバイOKINAWA。
どーにかなる。きっと。
今後の人生にはち切れんばかりの期待を膨らませ飛び立つのであった。
オートモード=最強。
どーにかなる=最強。
実に単純な男である。
移住後の話はおいおいBlogに書いていこうと思う。
カメラど素人、フィルムカメラを手にしたお話
話はさかのぼるが、私がフィルムカメラを初めて手にした話をしようと思う。
それはオートモード最強説を唱えている時代のこと。
友人がフィルムカメラを買ったと言うので見せてもらうことに。
初めて現物を見た瞬間こう思ったのよ。
「おいおいオシャレじゃね〜か」
私の思考回路は小学生並みに単純。完全にデジャブである。
ミラーレスカメラにはない「フィルムカメラ独特のオーラ」というかなんというか。みょーに惹かれた。
私はすぐさまメルカリで良さそうなものをポチり。

購入したカメラがこちら。KONICAC35というフィルムカメラ。
とにかく状態が良くて値段も安く手に入れることができた。
カメラ素人にとってこのフィルムカメラは本当によかった。なんせややこしい設定項目がほとんどない。ほぼオートモードで気軽に撮れる。
オートモード大好き人間にとってこれ以上ないピッタリのカメラであった。
ただ当時カメラ使用することがめっきり減っていった時期だったのでこのフィルムカメラも一度だけ使用し機材庫でしばらく冬眠することとなる。
ある出会いが再びカメラへと導く
私を再びカメラへ導いた話をしようと思う。
四国へ移住する1年ほど前のお話。休日に何気なく実家の掃除をしていた時のこと。
部屋の片隅に小さい機材庫(カメラの防湿庫だった)があることを思い出して何が入ってるいるか気になり開けてみた。
そこにはむかーしむかし父が使用していた馬鹿デカくて重いカメラとおもちゃみたいなカメラが一台入っていた。
おもちゃみたいなカメラ。
それを見た瞬間、私のカメラ本能の扉がパーンとこじ開けられるような感覚があった。(大げさかもしれないが本当)
「なんだこれは」

触った瞬間全てが完璧なカメラ。そう思った。
妹がむかーし使用していたカメラのようで長年防湿庫に眠っていたらしい。
初めはこれがフィルムカメラということは知らず掃除をすることも忘れぼーっと見惚れていた。
外観、質感、重さ全てが完璧。今まで見たカメラの中でこんなにも私の心に刺さるものはなかった。
快く譲っていただいて私のカメラとして迎えることができた。
「写真が撮りたい。」
ミラーレスカメラを初めて手にしたあの日、いやそれ以上に純粋に写真が撮りたいと思った。
幸いこのカメラはオートモードで気軽に撮れるタイプのフィルムカメラでもあり、すぐさまフィルムを買って撮りまくった。




手にすっぽり収まるコンパクトで可愛いカメラ。なぜかワクワクが止まらない。
文字通りこのフィルムカメラによって私のカメラ人生が再び動き始めたのである。
制限を設けることで結果は変わる
ナチュラクラシカというフィルムカメラを手にしてからは再びカメラに真剣に取り組みたいという気持ちが強くなり、
また新たにフィルムカメラを買うこととなった。
次に買ったのがCANON AE-1というカメラ。

私の中での大きな変化。
カメラ人生初の「マニュアルカメラ」である。
デジタルとは違い完全マニュアルなので「オートモード大好き人間」にとってかなりハードルが高いカメラだった。
オートモードには逃げられない状況。
案の定、現像した際も何も写ってない真っ黒の写真が返ってきたり、はたまた写真ブレブレ、露出不足など散々だった。
初めからはやはり上手くはいかない。
ただここで自分にとって一つの収穫があった。
それは
「制限することで結果が変わる」
ということ。
私の中ではすごく大きな収穫であった。
極端な話だがオートモードで撮った写真は同じ状況下であれば誰が取ろうと結果は同じである。
オートモードに逃げれない状況を設けることによって否が応でも自分でどうにかしないといけないという状況が自然と生まれる。
その状況下でいかにベストなパフォーマンスができるか。
マニュアルモードという制限を設けられた状況下に置かれることが私のカメラ人生に徐々に変化を与えてくれた。
経験するという大切さを学んだ出来事であったのである。
「経験と改善を繰り返す」
人生においてこれほど重要かつシンプルな真理はない。
失敗という経験を失敗に終わらせるのではなく次に繋げる貴重な情報として活用する。
すごく当たり前のことだが、当時初めてカメラを手にした私はこれを全く意識せずただただ写真を撮っていた。
34歳の今になってようやく気づいた真理である。
オートモード一辺倒だった私がこの真理に気づきよりカメラを扱うことに喜びを感じるまでになった。
ミーハーな気持ちでカメラを手にした自分がこのような気持ちの変化をもつなんて思ってもいなかった。笑
結局トライアンドエラーを繰り返すことが写真上達の一番の近道なのかもしれない。
一撃必殺の技なんてない。
そう自分に言い聞かせ奮闘することが大切なんだと。
長々と書き綴ってきたが、プロフィールは以上となる。
疲れたのでこの辺にしておく。笑
最後まで付き合ってくれた人。
ありがとう!
それではまた。